ガラス扉の前に立つと
「土曜日はお粥セットしかないけど、いいですか?」と言いながら、店員さんがドアを開けてくれた。
朝から何も食べていなかったので、お腹がすいている。間もなく目的地に着く。ここをのがすと来た道を戻らなければならないので、入ることにした。
カウンター席に案内され座ると、カウンターの位地がおへそよりだいぶ上にある。
店員さんは他のお客さんとは知り合いらしく、テーブル席には若い夫婦に声をかける。側のベビーカーには赤ちゃんが乗っている。そして座敷の中年男性の方へ行き、おしゃべりをしている。
3才前後の子供も二人いて、男の子の方がわたしの脇を通りながらじっと見るのでわたしも見た。わたしたちは目でこっそり会話をした。
わたしはお料理が出てくるまで、店内を観察して過ごすことにした。
「主は台湾人なので台湾式のお粥と点心です」と説明されていたので、見慣れない椅子はきっと台湾のものだろう。
BGMで流れているキャンディーズの「暑中お見舞申し上げます」も、台湾語だろう。
主と言われる初老の女性と店員さんが話しているのも、台湾語に違いない。
女性の店員さんは、声がとても通る。姿勢もいい。早口で滑舌もいい。六甲なのに標準語を話す。
きっと役者さんなんだわ。と思ったが何も聞けなかった。
目の前にはズラリと瓶が並んでいて、滋養強壮に効きそうな根っこ類がお酒に浸かっていた。
みんな少しホコリっぽかった。
上を見ると、透明だったはずのグラスが逆さにたくさん吊るされていた。油とホコリのせいなのか、みんな白くなっていた。
きっとピカピカにしないのが台湾式なんだろう。
ゆっくりとただ料理を待つ間に、だんだんわたしは台湾に旅行に来ていて、ふとこのお店に立ち寄ったように思えてきた。
店員さんは、お盆など使わない。お茶の入った湯呑みを、長い人差し指を立て、残りの四本の指で上から掴んで持ち、わたしの前に置いた。
お茶をのぞくと、カラフルで小さな笠をかぶった電球が映った。
30分ほど待つとお料理ができた。まずテーブル席の夫婦と男の子に、左手に自分の子供を抱きながら一皿ずつ運んでいる。
やっと、わたしの番だ。
前菜七種類が白い楕円のお皿に盛られていた。
キュウリの酢漬け二枚
クラゲと白い海藻の酢の物
ゆで卵半分
カボチャの茹でたもの
さつまいもの茹でたもの
何かのお肉のスライス
ほうれん草玉ねぎ桜えびのいためもの
上に茶色のタレが細く全体にかかっていた。
次に点心。セイロに入っていて、わたしの前に置くとふたをとってくれた。
点心は三つ入っていて、皮は厚みがあるのに透明なので、中の色が透けて見える。
海老
野菜
お肉
と彼女は説明して、小皿と醤油さし、ポン酢さしを置いた。
ポン酢につけながら食べた。
空になった湯呑みにお茶を注いでくれ「肉みそはお粥に入れて下さい」と小皿に入った肉みそを持ってきて、最後に白い入れ物に入れられた三部がゆが置かれた。
早速肉みそを入れ、レンゲでゆっくりとかき混ぜて、冷ましながら何口か食べた。味がうすかったので、こっそり点心を食べた時に使ったポン酢の残りを入れた。
また、わたしが湯呑みを空にしてしまったら、彼女はすぐに気がつき、お茶を注いでくれた。
その間も、彼女は最近子供と一緒に東京に行った時の、おいしいお店の話を座敷のお客さんとしている。もし行くのなら紹介してくれるらしい。
わたしの後にも女性が一人で入ってきた。若い女性二人づれのお客さんも来た。
彼女は「30分くらいかかりますけど?」と説明し席に案内する。みんなゆったりしているのに、彼女だけが忙しそうだ。
わたしも一緒に彼女のおしゃべりを聞きながら食べた。
そのお店は彼女の舞台のようだった。一人芝居をみているみたい。
彼女に1000円を渡して外に出ると、わたしは日本に帰っていた…
少しさびしかった。